エチオピアから始まった。





標高2500mベテノ地区のコーヒーの木はアビシニカ種と言われ、現在世界の生産国(60数カ国)に作付けされているコーヒーの原種である。樹齢100年〜200年(解らない!との事)幹の直径は20cmほどあり、1本の木にチェリーベースでは17キロ(生豆にすると3キロ)ほど付ける。通常、ブラジルなどでは300g〜450gであるのからすると粗10倍も付ける逞しいコーヒーの木である。またコーヒーが飲料として進化していったルーツもエチオピアにある。



エチオピアには「コーヒーセレモニー」と言うのがある。インセンス(乳香・・松脂)を炭火にくべながら(アロマセラピーと思ってください。)お客様の目の前でコーヒーを煎り、点て、振る舞う。(日本の茶道、お点前に似ている。)お客様に対するおもてなしである。エチオピアからアラビア半島へ渡ったコーヒー(おもてなしの心も)その後ヨーロッパを経由して世界各国へと広がって行った事を思うと、やはりルーツだけは忘れてはならない。
珈琲四方山話」 2006.03.10 Friday

エチオピア2





徳島は久しぶり(だと・・・思うのですが)に雨。エチオピアの乾いた大地と、子供たちの笑顔が思い出になりつつある。自分の中で今回の旅行がどういう意味合いのものであったのかも冷静に考え、少しずつ消化できるようになってきた。ベテノ地域(ハラー)のAbyssinica Tree は7m以上もあり、その苗木作りは、種を蒔き、木の枝で覆っただけのものであり、乾季も水も与えず発芽して成長出来ものだけが苗木として植え替えられ、逞しく育っていく。エチオピアの土に根付き、個性が出来ていく。自然のまま。品種改良されるでもなく、化学肥料を与えられる事も皆無である。一次精製は各小規模農園任せ。エチオピアのコーヒーを我々が日本に居て介在出来る事と言えば、輸出業者(今回はモプラコ社のヤンニさん)との情報交換と信頼関係、二次精製の過程でのオーダーぐらいである。

今、日本でのコーヒーはオークションものが(我々の様な自家焙煎屋に)大人気である。確かに「旨い」と言うひっくくりの中では評価できるものであるが、「オークションの上位に入ったコーヒーだけがコーヒーではない。契約された農園はオークションに出す意味合いも無く、その数量は一握りにも満たない。」と言う事をあらためて思い知らされた。嘗て日本酒は「旨い」と言うひっくくりの中で吟醸、大吟醸を作って行った。それは結果、『その土地の個性を否定して同じ味に向かったいった・・・』と言うのを聞いた事がある。『ワインはその土の特性が出ているものが良質という評価を受ける・・・・』エチオピアは壮大で過酷で、弱肉強食でナチュラルである。コーヒーもそして人間も。日本の我々、自家焙煎業界もまだまだ時間、歴史が足らないと言う事を再認識できた旅行でもある。



写真はモプラコ社ダラデワでの精製風景。
珈琲四方山話」 2006.02.15 Wednesday

エチオピア





2月2日から昨日まで関空からアラブ首長国連邦(UAE)経由してエチオピアに出かけておりました。今回はコーヒーのルーツを見、もう一度コーヒーとは?そして自分とコーヒーの関わりとは?を見極めるいい旅になりました。エミレーツ航空でアラブ首長国連邦までおよそ11時間、世界で一番の金満大国と言われているドバイに到着。そこからエチオピア航空に乗り換えて4時間、アジスアベバに到着。出発前から風邪を引いて体調を壊していたのもあるには在るが、いきなりアフリカ特有の洗礼を受ける。後々食べ物飲み物を慎重にして回復する。贅沢が体に一番悪いと思い知る。翌日早朝から日本で最も有名なコーヒーの一つ、ハラー「モカ・ハラー」地区に向かう。空路一時間でダラデワに。これ以降、案内をお願いするモプラコ社のヤンニ氏を尋ねる。モプラコ社からオフロードでおよそ200キロ程のベテノ地域のアビシニア種(コーヒーの原種)を見に行く。

道々、山羊・羊・牛をつれた家族?に次から次から出逢う。『市場に家畜とかコーヒーを売りに行く・・・・』疲れてはいるようであるが、夫婦、子供、皆一緒に黙々と歩いている。何日も掛けて、何も持たずに、そして生きる為に・・・少し感傷的になる。生産国に出かけるといつも思うのは、我々のある一面は非常に恵まれているにはいるが、何処かに何かを忘れてきた様な・・・貧しくて、空腹でも子供たちが元気で明るく、目が輝いていて印象的で、本当は我々よりずっと幸せなのでは・・・・と思う事である。特にアフリカにはコーヒーのルーツだけではなくて「人間の原点も在るのでは・・・」と初日から随分と、はいってしまった。コーヒーの木の事、等は次に続く・・・・写真は農園近くで
珈琲四方山話」 2006.02.11 Saturday

エチオピアコーヒー農園視察





2月2日からエチオピアに行ってきます。エチオピアと言えばコーヒーのルーツ、原点、コーヒー発祥の地です。2月は丁度、コーヒーの開花が始まる季節にあたります。アフリカでも標高が2000m以上もあり、すごし易い気候です。現在でもエチオピア南東部バレマウンテン付近にはワイルドコーヒー(自生コーヒー)が生えた森林が広がっているそうです。エチオピアコーヒー、日本では通称、エチオピア・モカとして有名ですが地域によりハラー、シダモ、レケンプティ、ジンマ、イルガチェフ、自生コーヒーがあります。現在当店ではエチオピアオーガニックとエチオピアHAMMAを使っています。これはイルガチェフと言われる地域の水洗処理されたコーヒーであり、現在最も世界的に注目されているコーヒーです。何はともあれ、観て聞いてきます。
珈琲四方山話」 2006.01.29 Sunday

焙煎記録





初詣から戎さん・・・商売繁盛から、旨いコーヒーが煎れます様に・・・・その他色々と無理難題をお願いして、気がつくともう13日。平日のゆっくりとした気分で久しぶりに焙煎をする。とりたてて今必要な豆は無いのですが、自分用の豆を煎る、と言ったところ。「一番好きなコーヒーは・・・ブラジル」は以前にもお話させていただいので省くとして、やはりブラジル。

下坂農園のブルボンピーベリーを焙煎する。今日は『長時間焙煎』にしてみる。いつもより火力と排気を抑え、少しずつ水分を抜き、緩やかにローストして行く方法。40分程の工程になる予定である。通常の焙煎時間は17分前後であるのを比較するとコーヒーの持っている力が試される焙煎になる。ピーベリーとはコーヒーの木の先端に出来やすい丸い形状の豆でサイズも小さい。通常の豆はフラットビーンズと言われている。下坂農園のブルボンピーベリーは濃厚なトロッ〜とした味わいと甘みが特徴である。一般的に形状、或いはサイズで味の比較はできないが、出来うる限り同じサイズの方が火の通りも均一になる。予熱に30分。200度を維持しているのを目安に投入。26分で一ハゼの温度。通常であればパチップスッ、と豆が『ハゼました』と教えてくれるのであるが、何の反応もなし。色合いだけは通常と同じである。排気も少ない為、若干煙も釜に残っているが『スモーキーな味・・・』は、あまり歓迎されない味であるので、そうならない様に細心の注意を払う。上り詰めて膨らまないない火力に、ある頃合まで調整し続ける。煎り手の意図を伝える作業になる。『いじめる』と言われている。昔はコロンビア、グァテマラ等の硬い豆に使われていた手法と聞いている。二ハゼの温度に合わせていじめをやめる。今度はいじめから開放された喜びを表現しているかのように、一斉に二ハゼを迎える。またここでオイルを出さない様に火力を押さえ込む。大量の煙。温度を絶対に下げない様細心の注意を払いながら排気をする。二ハゼも終わり、薄っすらとオイルを身にまとい、「艶けし?薄墨?いや・・もっと奥行きのある黒」になった豆を冷却槽に出す。鈴の音がしている。10日程このまま容器に入れ保管する。至福の一杯になることだけを「祈願」して・・・・??
珈琲四方山話」 2006.01.13 Friday



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